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2014.09.21
ブータン探訪−5
 この旅行に入って幸いにも日中の雨には遭わないが、さすがに雨期とあり、夜間にはしっかり雨が降る。何処の川も怒濤のごとく濁流が流れ、間違って足を踏み入れると即座に掬われそうな勢いである。ブータンの川はインド:ジャムナ川を経てバングラディッシュ:大河パッドマ川からベンガル湾に流れこむ。
その豊かな水量を利用しての水力発電がブータンの大きな外貨獲得手段。それも大規模発電所ではなく、小さなシステムの集積。自然にダメージを与えないと言う事は自ら負うリスクも少なくてすむ訳だ。ブータンでも最近は自家用車が増えているようだが、原則として中古車の輸入は禁止。なぜなら結果として早くにゴミ化してしまうから。インドからの輸入が多いが、やはり日本車の信用が高い。ツーリストのガイド用車は日本製か韓国製に限られているようだ。インド・スズキの車を目にすることが多い。スズキでも生産国がインドなら信用度は今ひとつのようだが。余談であった。
 
 朝から中腹にテントを張るジミ一家の放牧とチーズ作りを見せてもらいに出かける。杉の葉を敷き詰めたブルーシートのテントの中心にはいろりが切ってあり、そこで食事やチーズ作りなどの作業が行われる。周辺には放牧されたゾモやヤギ。ちょうど搾乳の時間で宇楽は体験させてもらっている。
ゾモは高地で生活しやすいよう牛とヤクを掛け合わせた乳牛。乳桶などは竹から自作のもの。ロープ類も羊毛から編んでいる。ここでの生活の基本は手作り。5年前から電気が通り、今では携帯電話が一般的になっているが、車の進入が出来ないこの地では、流通は馬に頼っている。充分な物資は無い。近隣の大きな町タシガンまでは歩いて2日以上、東のサクテンは1日の距離だがここと状況は変わらない。3500mのこの村はたしかに辺境と言うに相応しい。収穫出来る作物にはかぎりがある為、産業は搾乳とチーズ作り。学校もあるしお寺もあるが、本当に小さな山間の集落である。
季節により放牧する高度を変えるため、家族ぐるみで1年中テントで生活する。この時期はちょうど村の近くで放牧しているので、家での生活も見せてもらった。ペマの奥さん、ジミの一家は26歳の長男を筆頭に男3人女2人(ジミはティンプーに住んでいる)そしてお母さんと亡くなったお父さんの弟(現在の主人)長男のヨメと息子。これだけの人数が12畳程の板間に家財とともに住んでいる。ここでも中心はストーブ。板を寄せた屋根からは雨漏りがひどいのだそうだが、一家が一緒に過ごしている姿は幸福そうだ。昼間にはご主人の両親や兄弟一家も集まってくれた。
アラでの歓迎は相変わらず手厚い。遠慮も効かない。呑んでいるソバから次の柄杓が待ち受けている。そしてバター茶。脂肪分が多いこの飲み物は低カロリーで生活する高地民には重要な栄養源なのだと思うが、我々には沢山呑めるものではない。
 ここの民族衣装を着させてもらう。フェルト製の臙脂色の丹前のような上っ張りは重さがあるが大変暖かい。夏のこの時期で20数度の環境では、冬の厳しさは計り知れない。少々の雨なら防いでしまうウールは貴重な素材。老人宅にて糸紬やフェルトの縫製を見せてもらう。

 夜は自宅に招かれ小麦とトウモロコシの酒アラの蒸留を見せてもらう。一月程発酵させた原料をストーブに架け蒸留していく。あっさり辛いお酒の出来上がり。近隣の人も集まり小宴会。日本から持参した抹茶を和三盆とともに振る舞った。おおむね好評。茶道の儀式としての有り様が伝わるのか、空気は厳粛になった。中には自然に茶碗を回す人も。不思議な風景。
 3時間程の宴は終わり、興奮の中シュラフに潜り込む。生活習慣の違いはあっても、自らがその環境を受け入れれば自然に人と解け合う事が出来る。許容こそが世界が平和である為の重要な要素であると思う。
ブータン探訪−5
ブータン探訪−5